更年期の乗り越え方

発症

Young woman laying on sofa and holding empty medicine blister package

発症は42歳ごろだったろうか。
生理不順が続く。
一ヶ月に二回あったり、一度もなかったり。

生理が始まる前に頭痛。
生理が始まった量が多い日に頭痛。
終わったら、排卵日頃に頭痛。

気圧が変化しやすい日は、また頭痛。

鎮痛剤を飲まない日がだんだん少なくなってくる。

頭痛がひどい時には、ご飯も食べられないぐらいに寝込む。

生理がはじまったかと思えば、翌日にはベッドのシーツが真っ赤に
染まるぐらいの大量出血。
生理がとまらない。
トイレに行くたびに、少量の血がついている。
ナプキンが手放せない。
やっと止まったかと思ったら、2週間後にはまたはじまる。
常に出血しているので、貧血が続く。
毎日、疲労と貧血でふらふら。

かかりつけ医に、鉄剤と偏頭痛薬をもらう。
脳に何か問題があるのではないかと、脳神経外科でMRIもとった。
近所の婦人科に2軒通ったが、子宮頸がん、体がんとも異常なし。
血液検査は貧血以外異常なし。
様子をみましょうと言われ、解決にはいたらなかった。

決定的なこと


決定的なことがおこった。
私は大好きなアーティストのライブに行くのが趣味だ。
ライブに行くと、モヤモヤしたことがすべて晴れる。
歌って踊っていると、頭がすっきりする。

ライブに行く目的で働いているといっても、過言ではない。

あるライブの前日に生理が始まった。
「またか」と過小していたが、朝目覚めたら、ベッドのシーツが真っ赤だった。

起き上がれないほどの、めまいと頭痛。

隣県までの遠征だったので、これは無理だと
ライブを断念した。

そんなことが2回連続でおこった。

そして、子どものこと、仕事のこと
様々なストレスがかかり、眠れなくなった。

どこにいても気がつくと涙がでてくる。

思い通りにならないと、家族にあたる。

完全なる鬱である。

精神科で薬をもらった。しかし、これは強烈な眠気が日中に襲ってきて
仕事の帰りの運転が、危なかった。

これは根本的な治療を本気でやらないとまずいなと実感した。

もっと根本的な治療を求めて、
婦人科で有名な総合病院に予約。

診察は2ヶ月先だった。

 総合病院に予約

症状を先生に話すと、
「子宮をとりませんか?」
思ってもみない提案だった。

ネットで調べて、漢方やホルモン補充療法かなと考えていたが
先生の提案は頭に雷が落ちたような衝撃だった。

その日にMRIを撮って、子宮の状態
筋腫の位置、大きさを正確に撮影した。

手術自体は麻酔あわせて3時間ほど。
入院は5日間。
退院後一週間から二週間は自宅療養。

入院日、前日までは仕事ができるけど
半月近く会社を休まなければならない。

子宮を取ったあとはどうなるのか

更年期の症状は進むのか
今より体調が悪くなることはあるのだろうか
SEXはできるのだろうか(将来ないとはかぎらない)

先生の回答は
卵巣は残し、子宮、卵管までとる。
卵巣は残すのだから、ホルモンは分泌される。
ホルモンの分泌がなくなることはないので、更年期の症状が
急激にでてくることはない。
また更年期障害がひどくなったら、ホルモン治療なり、漢方療法をしにくればよいとのこと。

SEXも頸部は残すのだから、普通にできる。決断

「子宮を取る」
妊娠でお世話になり
この40年、毎月血を垂れ流した生理がなくなる。

私はずっと早く生理がなくなればいいなと思っていた。
もう妊娠希望もないし
大量のナプキン代
トイレに行くたびに「また始まったか」の絶望感。
頭痛の苦しみ。
不安定な情緒。

このわずらわしい生理がなくなるなんて
夢のような話だ。

ただ怖い。
今より、具合が悪くなったら・・・
やっぱり取らなきゃよかったなと後悔することが怖い。

先生は明るい声で
「私の患者さんで80%以上の方が、手術してよかったって言ってますよ!」

「ええ!80パーセント???!!! そ、そうですか・・・』
でも20%の方が後悔しているんだろ( ᯣ ̱ᯣ ) …

「主人と相談して、またきます」

MRIの結果は
子宮筋腫自体はそんなに大きいことはない。
しかし位置が悪く、子宮内膜が厚くなりやすい。
だから大量出血がおこりやすい。

私の旦那は、基本なにもいわない。
というのも、私は自分で決めたことは、頑固として曲げない性格だからだ。

そして旦那が何をいっても、私はほぼ聞いていないらしい。

自分のことは、自分で決める

だって他の人の意見きいて、その通りにしたって、

うまくらいかなかったら?

わそういう性格を知っているから、
旦那はなにもいわない。

ただ、入院中、息子のことをどうするか。
旦那が交代勤務なので、よる遅くに帰宅することがある。
日勤の日にあわせて、入院することにする。
先生のスケジュールと手術日と夫のスケジュール、自分の仕事。

うまく調整できる日に入院を予約した。

小学校6年の息子は、戸締まりだけは入念に教える。

コロナ感染

手術日も決まった。
事前検査も終わった。
後は、当日入院するだけだ。
と思っていた矢先、息子がコロナ感染。

学校から帰宅して
少し咳がでているな
なんか嫌な咳だな。
今日は早めに寝よう。
翌日の朝、起きてこない。
熱を測ったら、38度。

この時、コロナは猛威をふるっていた。
職場でも近所でも次々と感染者がでて、いつ自分がなってもおかしくない状況だった。

息子から私へ
私から夫へ

たった3日で家族全員コロナ陽性となり、家族全員10日間の隔離生活にはいった。

手術日は26日後だった。

病院に電話する。
隔離終了後、2週間は病院には入れないらしい。

手術日を1週間ずらしてもらった。

入院

入院に際し、パジャマは必要なかった。
病院から病衣を1日100円で借りるだけ。

いつも家でパジャマは着ていない
着古したTシャツとかトレーニングパンツを着ているので
わざわざパジャマを買う必要もなかった。助かった。

下着と洗面用具、羽織るもの、スリッパではなく、かかとのある靴
wifiがあるのでipadとスマホ、充電器
小さなスーツケースで、十分足りた。

入院当日は看護師さんからの入院の段取りを聞き、
内診とPCR検査、体調チェックで終了。

いつも仕事、家事、子どもの宿題をみて
あっという間に一日が終わるので
入院したら、ご飯はなにもしなくてもでてくるし、
掃除も後片付けもしなくていい。

ご飯たべて、後はipadでアマゾンプライム見て、ベッドの上で寝転ぶだけである。

正直、なんて楽なんだろうと、にやついた。

手術当日。

当日は朝から絶食。水分以外は何も食べられない。

そして便をださなくては、手術中に麻酔の影響で
便が流れ出てくる可能性があるからだ。

垂れ流し・・・

それだけは絶対に避けたいことである。

水だけは飲めるので、水をガブガブと飲んでいざトイレに籠もる。

「看護師さ~~~ん、OK!でました!」

はあ一安心。

これさえすれば、まな板の鯉のごとく
後は手術台にのぼるだけだ。

「さあ、行きましょうか」

午前10時
幸いにも午前中に手術が組まれた。

手術時間が遅くなると、それまで絶食なので
空腹の苦しみが避けられた。
いざ出陣。

手術室のドアをくぐれば
ドラマで見たことのあるような、風景が広がっている。

テキパキと迅速に働く
手術着の先生や看護師さん
麻酔科医

手術台の前まで、スタスタと自分で歩いて、寝転ぶ。

麻酔を吸ったら、あっという間に意識消失。
そこから3時間後

目を開けたら、自分の病室ベッドの上だった。

意識が戻ったら、下に激痛。

痛いですか~~~と看護師が聞いてくる。

声もだせないくらい、激痛。下腹部もあそこも痛い。

お尻から座薬をいれてもらう。

目が覚める。痛い。寝る。

目が覚める。痛い。また寝るの繰り返し。
手術当日は術後も絶食なので、夕飯の楽しみもない。

ひたすら痛みに耐える。

起き上がってトイレに行けない。

しかし尿道から尿管がはいっているので、

トイレには行かなくて、大丈夫。

でも、これが痛くて痛くて。

でも尿管は翌日昼過ぎにはとれる予定だと教えられていたので
ひたすら耐える。

明日には
もっとよくなっているはずだと。

 

手術日の翌日

朝、起きても絶食。
ご飯が食べられないって、本当に辛い。

起き上がる気力がない。

昼、やっと昼食がでる。
おかゆだ
やっと食べられると思ったけど、食欲がわかない。
だされた物はすべて食べるが信念だけど、半分食べて、終了。

でもスマホを見ることはできた。

やっと夫に連絡。

『手術終わった。あちこち痛い』

LINEにこれだけ入力するのが精一杯。

入院中はコロナ感染予防のため、面会禁止。

長期入院の方は、ほんとに辛いだろうな。

病院の売店にも行けないのだもの。

 

18:00頃
だいぶ体が回復してきた。ご飯も食べる気になってきた。
8割おかゆを4分の3食べられた。

もう少しもう少し
明日にはもっとよくなるはずだ。

明日には尿管の抜管だ。

これがとれれば、だいぶすっきりする。
そしてトイレに自分で行ける。

昼食にはご飯はおかゆではなく、白米になった。
ご飯が美味しい。
やっぱりご飯って大事。
ご飯は生命の源。
完食

尿管はとれたけど、下が痛い。
座れない。
看護師さんが、ドーナッツ座布団を貸してくれた。

出産の時も、しもが痛かったな。
確かあれは一ヶ月ぐらい痛みが続いたな。

手術日から3日目

ご飯が美味しい。
ベッドで寝転びながら、アマプラやTverを見る元気がでてきた。
夕方には主治医の回診。
これが手術後、初めて先生と再会。
内診して、しもを消毒
「問題ないですね」
「病理検査(ガンの細胞がないかどうかの検査)の結果も、大丈夫です」

手術日から4日目

だいぶ体が回復してくる。

朝ごはんも完食。

やっぱりご飯が美味しく食べられるかどうかが、健康の基準

先生の回診が終わってから、退院となる。
お昼頃に先生がやってきて、退院の許可となる
「先生、シモが痛すぎて、座れません」
「一ヶ月もすればよくなるから」
女医っていうのは、知力も体力も半端ないとつくづく思う。
究極のサバサバ女が多い。

旦那に迎えにきてもらい、無事退院。
あーーーシャバの空気はうまい!

帰ったら、アレ食べようこれ食べようと妄想する。

退院日のご飯は全て夫が用意してくれた。

こういう時に、家事が得意な夫と結婚して、マジでよかったと思う。

入院中、夫と息子は二人で黙々とご飯をたべて
夫は黙々と家事をしていたようだ。

息子は何もしない。
言わなきゃ動かない。あなた結婚したらすぐ捨てられるよ。離婚だよ。
出戻り息子は引き取りませんよ。

男二人の家庭に会話はない。
そんなもんかいな?

退院して一週間後の検診

シモがまだ痛い。ヒリヒリする。
シモを消毒してもらって、終了。
「先生、これってどれぐらいまで痛み続きますかね」
「長くて1ヶ月でしょ。来週またくれば消毒してあげるけど」
「もお、会社、休めません( ´・ω・` )』

しかし消毒してもらったら、みるみるうちに痛みがひいた。
手術後2週間ほどで、痛みがひいた。

入院期間5日。
自宅療養期間10日

15日間、会社を休み、職場復帰した。

6時間程度の短時間勤務なので、
体は順調に回復。
一ヶ月後には大好きなワンオクのライブがある。
この目標があったから、手術も頑張れた。

3年ぶりの声出し解禁ライブ。
3年間、待って待って待ち続けたライブ。
これを逃したら、今度またいつ会えるかわからない。
そう思って、体力作りに励んだ。
無事に一泊二日でライブの遠征にも行けた。
推しは尊い。

手術してから五ヶ月が経過

あんなにひどかった頭痛がおこらなくなった。

情緒も安定した。 貧血がなくなったので、たちくらみがなくなった。

言うまでもないが、生理がない。 シモが蒸れることも、こすれることもない。

トイレへ行く回数が減った。

いつ大量出血になるかわからないから、大量のナプキンを持ち歩くこともなくなった。

短時間勤務のくせに、帰宅したら30分の昼寝がかかせなかったのに 昼寝しなくても大丈夫になった。

温泉にも気兼ねなく行ける。

生理で苦労した6年あまりは、いったいなんだったのだろう。

こんな楽になるなら、早く手術すればよかった。

結論、「子宮全摘、万歳!」

コメント

タイトルとURLをコピーしました